世田谷区の約半分の広さのこの島は、第二次世界大戦の趨勢を決する要衝であるがゆえ、61年前の今頃、日米双方の血で血を洗う壮絶な戦いが繰り広げられていました。その1ヶ月半に及ぶ戦闘を題材に、日米双方の視点より映画化されたのが「硫黄島からの手紙」であり、「父親達の星条旗」です。
この本は「硫黄島からの手紙」の原作ではありません。しかし日本側の指揮官、栗林中将の人柄、戦いぶりを知る上で貴重なノンフィクションだと言えると思います。
いわゆる戦史というものではありません。
栗林中将の生き様・考えを、家族への手紙、家族やかつての部下の証言から拾い上げるノンフィクションですので、主人公が二人(栗林と西郷)いた「硫黄島からの手紙」以上に栗林中将のことが浮き上がってきます。
硫黄島防衛の戦術を練り寄せ集めの混成部隊をまとめ上げ、志気の高い20歳前後の志願兵達で構成された米海兵隊に負けるとも劣らない精鋭達にまとめ上げたリーダーシップ。それは硫黄島を少しでも長く死守することで本土への爆撃を食い止めたい、あるいは米軍へ甚大な損害を与えることで米国と終戦交渉ができないかとの思いからきたものですが、映画ではよく伝わってこなかった彼のそんな思いが、この本で初めて伝わってきた気がします。
それだけだと優秀な軍人というだけですが、映画にも出ていたように留守宅のことを絶えず気にするような家庭人であったこと。家族だけでなく部下への気配りを忘れない、それゆえ彼を慕う部下が非常に多かったことは新たな発見でした。(どうも映画から孤高の人のように思えたので...)
硫黄島で捕虜となった日本兵は、ほとんど栗林中将の顔を見たことがあるというエピソードも驚きました。
GoogleMAPで見ると、そこは今、島を覆う緑と中心部にある飛行場しか見えません。むろん60年前の話ですから、壮絶な戦いの跡は見ることもできません。
しかし、そこで国を想い散っていた人たちがいることを心に留めたいと思います。
「散るぞ悲しき」、この本のタイトルは栗林中将の想いを込めた辞世の句の一部分ですが、その想いさえもねじ曲げようとしていた人たちがいること。そういう時代があったことも忘れてはいけないように感じました。
著 者 梯 久美子
ジャンル ノンフィクション
出版社 新潮社
四六版 244ページ
価 格 1,575円
コメント