インディアンと言えばとっくに居留区に追いやられたり、白人社会に入り込んでいるものと思われていた20世紀初頭にイシは現れました。
白人による西部開拓の歴史の中で虐殺され、虐げられてきたインディアン。イシの部族 ヤヒ族もその例外ではなく、そうであるが故にひっそりと隠遁の生活を送ってきたのです。
しかし仲間が一人死に、二人死にとうとうたった一人になってしまった時、イシは覚悟を決めて文明社会に現れました。
野生インディアンといういう邦題のサブタイトルは「ちょっと...」と思いますが、原題 ”Ishi in Two Worlds” の通り、イシが元々暮らしていた旧石器時代に近いインディアンの世界、そして文明社会で過ごしたイシと大きく二つの内容に分かれています。
前半では西部の山岳インディアンが元々どのような暮らしをしていて、そして西部開拓によってどのように虐げられてきたのかを、客観的に綴っています。インディアン側に妙に肩入れすることもなく、かといって白人よりでもなく、できる限りの史実を集め、真実の重みが感じられる内容となっています。
不幸の歴史、そういってしまえばそれまでですが、インディアンにとって以下に一方的な侵略であったが実感できました。
後半ではイシが文明社会に出てきた後の話が語られています。
文明社会に出てきても、イシは決して自分のことを卑下したりしません。あくまで誇り高く、そして相手のことを尊重します。彼にとって幸せだったのは、よき理解者達に囲まれたことかもしれません。
後日イシが危篤になったとき、彼の友人の一人であったクローバー教授(著者の父親)はこう指示したといいます。
「もし、イシが死ぬようなことがあったならば、できる限りイシの世界での風習通りに葬儀を行うように。学問の名を借りての遺体処理、解剖などは決してさせないように。そんな学問は犬にでも食われてしまったほうがよいのです。責任は、すべて私が持つようにします」
確かに便利で快適な社会ではある、けれども何かが足らない文明社会。そんな社会より、相手がどんな人であれ互いに尊重しあう、そんなイシの世界の方がよっぽど洗練されていることでしょう。
いろいろと読みながら考えさせられる素晴らしい本でした。
最後に、イシの別の友人であったポープ博士の言葉を紹介したいと思います。
彼の目には、我々は小賢しい子ども。 要領はいいが、知恵がない。 我々はたくさんのことを知っているが、その多くはまちがっている。 彼はつねに真実である自然を知っていた。 彼が知っていたのは、永遠に変わらない性質のもの。 彼はやさしかった。 勇気と自制心をもっていて、 何もかも取りあげられても、うらむこともなく 子どもの心と、哲学者の精神をもっていた。
お勧めの一冊です。
著 者 シオドーラ・クローバー
訳 者 行方 昭夫
ジャンル ノンフィクション
出版社 岩波書店
文庫版 385ページ
価 格 1,155円
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